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プーチン大統領と色丹島


2016年5月1日
名越健郎


プーチン・ロシア大統領の毎年恒例の「国民とのテレビ対話」が4月14日に行われ、今回は500万件の質問から80をピックアップして回答しました。芝居じみたところもあるこの奇妙なショーは、最高指導者の意識や内外政策の方向、優先順位が暗に示されるので重要です。

一つ気になったのは、過去14回の対話で初めて北方領土から質問が飛び出したことでした。色丹島のオストロブノイという缶詰工場で働く女性の季節労働者が大統領に、「私たちは昨年夏からここで働いていますが、給与が一切支払われません。労働条件、生活条件は恐ろしいほどです。帰ろうにも、船の切符を買う金がありません」と直訴しました。プーチン大統領はやや顔をしかめながら、やりとりしました。

「この問題を当局に提起したかね」
「はい。サハリン州の検察局に提起しました」
「それで回答は」
「何もありません」
「遺憾なことだ。検察局や労働基準局が適切に対処せねばならない。検事総長がこの番組を見ていたら、直ちにサハリン州検察局がきちんと仕事をしているか調査してほしい。労働省もだ。あとで私に報告してくれ。私からも謝罪したい。問題を必ず解決すると約束する」

一時間後、検察が缶詰工場の捜査を開始したと発表しました。サハリン州知事らの一団が翌日、色丹を訪れるなど、大統領の鶴の一声は地方指導者を震え上がらせます。

地元が処理すべき労働争議に最高指導者が臆面もなく口を挟むのはいつものパターンで、国民に寄り添う大統領をアピールする演出です。問題は、経済危機のロシアではこの種の給与未払いがあちこちで起きているのに、なぜあえて色丹を取り上げたかです。

質問に先立ち、テレビのリポーターは色丹の出稼ぎ労働者について、「彼らは囚人や奴隷のような扱いを受けています」と伝え、北方領土は問題の多い地域という印象を与えました。

今年は旧ソ連が歯舞、色丹の引き渡しを約束した1956年の日ソ共同声明から60周年ですが、北方領土問題でプーチン大統領は共同声明の履行を示唆しています。

5月6日のソチでの日露首脳会談を前に、急に対日積極姿勢を見せる大統領は、色丹の惨状を国民に示すことで、島の印象を悪くさせ、引き渡しの環境整備を図ったのでは-と深読みしたくなりました。