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聖地でのテロが部族社会に与える影響


2016年7月15日
野村明史


7月4日、ラマダーン(イスラーム断食月)最終日の前日にサウジアラビア(以下、サウジ)で、聖地マディーナの預言者モスクを狙った自爆テロが起きました。預言者ムハンマドの墓も隣接してあることから多くのイスラーム教徒が、本当に?と首をかしげる、まさに驚天動地の事件となりました。

それから3日後、サウジ内務省が、犯人はタブーク出身のサウジ国籍ナーイル・アル=ナジーディー、26歳で、背後にイスラム国(IS)が関与している可能性が非常に強いと発表しました。ナーイルの父親ムスリム(人名を指す。ムスリムという言葉はイスラーム教徒の意味として使われるだけでなく、人名としても使われる)氏はサービク紙のインタビューで、苦しい胸の内を語り、犯罪者となった息子は非常に気難しい子だったと振り返りました。ムスリム氏は内務省管轄の国境警備隊として働き、現在は退官しています。もう一人の息子も、現在、父親と同じく国境警備隊として働いており、事件当初は、聖地マッカ(メッカ)にて巡礼者の警備を担っていました。このようなことから、ムスリム氏は自分の家族はナーイル以外、今回の犯罪とは無関係であると主張し、犠牲となった4人に向けて哀悼の意を示しました。

アル=ナジーディーという家族はアル=ブルーウィーともいわれるバリー族出身で大きな部族の一つです。今回の事件を受け、メディアやSNS上で多くのバリー族出身者が、「わが祖国よ、バリー族のすべての人々はあなたの盾となります」などと訴えました。また、ツイッター上には「バリー族はナーイル(の犯罪)から身の潔白を証明する」というハッシュタグが広まりました。このような行動は、部族社会の根強さを表していると言えるでしょう。

サウジ国内にはそれぞれの部族にシェイフと言われる部族長がおり、政府と密着な関係を保っています。大きな事件が起こった場合は、その関係者や地元部族の年配者がシェイフと、もしくは彼らのみで、政府を訪問し、潔白や謝罪をするのが慣例となっています。今回、ムスリム氏は親族や息子を伴って、タブーク州知事を訪問しました。彼らは、一族の身の潔白を証明し、政府もそれを受け入れました。こうした寛大な姿勢は、大きな美徳の一つとされ、アラブ社会では普通に見られることです。

また、国民の間では、ナーイルを厳しく断罪するとともにその家族に対して同情の声が上がっています。事件当初、SNS上で犯人探しが始まりましたが、犯人が明らかになった後、その残された家族への誹謗中傷などはあまり見られません。これは、罪はその個人に帰するというイスラームの教えが、名誉や家を重んじる部族社会で強く浸透したと考えられます。

今回、いち早く家族やその部族の潔白を主張することによって、この悲惨なテロが部族によるものではなく、個人の犯行であることが証明されました。このような特徴的社会構造が、サウジそのものであり、今後中東地域を理解する大きな鍵といえるでしょう。