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議員立法の鬼


2018年7月
丹羽文生


今年5月4日、田中角栄生誕100年を迎えました。この日、新潟県柏崎市にある田中角栄記念館前では記念式典が盛大に行われ、併せて、生家の一般公開も始まりました。

絵に描いたような立身出世の王道を歩んだ田中は、まさに100年に1人出るか否かと言われるほどの不世出の人物でした。僅か15歳で上京して住み込みで働きながら、中央工学校に学び、その後、満州出征を経て田中土建工業を興し、28歳にして国政入り。39歳の若さで郵政大臣となり、大蔵大臣、通産大臣、自民党幹事長といった数々の要職を務め、54歳の時に戦後最年少、初の大正生まれの首相となりました。当時、世間は田中を「今太閤」と持ち上げ、内閣発足当初の支持率も70%前後という驚異的な数字を誇りました。

この間、大規模な財政出動で公共事業を推し進め、高速道路と新幹線をメインとする交通ネットワークを敷き、地方の工業化を促進し、外交面でも最大課題だった日中国交正常化を内閣発足から僅か2ヵ月足らずで処理してしまいました。

「コンピューター付きブルドーザー」と評されるように頭の回転と度胸は抜群で、同時に肌理細かな心配りと人情味で、高学歴の役人を手足のように操り、政敵をも虜にするほど人間的魅力に溢れていました。

最後はロッキード事件で失脚・・・。「金権腐敗の象徴」という見方もありますが、一方で、エリートとは言えない出自でありながら徒手空拳で権力の頂点を極めた「上り列車の英雄」として、未だ「角栄人気」の勢いは衰えません。今でも書店に行けば「角栄本」が山積みになっています。

田中と言えば、無名の新人議員だった頃、数多くの議員立法に取り組んだことは余り知られていません。公営住宅法、道路法、水資源開発法、電源開発促進法、国土総合開発法、高速道路連絡促進法、新幹線建設促進法・・・。実に33本もの議員立法を作っており、「議員立法の鬼」とまで評されました。

アメリカでは連邦議会議員のことを「ローメーカー(Lawmaker)」と呼びます。日本でも憲法第41条に国会は「国の唯一の立法機関である」と記されています。まさに、その国会を構成する国会議員の第一義的使命は「法律(ロー)」を「作る(メイク)」ことなのです。

ところが実際はどうでしょうか。国会に提出される法律案のうち、議員立法は全体の約3分の1程度で、霞が関によって作られた内閣提出の閣法が大半を占めています。成立する議員立法も僅か1~2割程度で、しかも議員立法であっても、その多くは役人のサポートに依拠している状態です。かつて、田中は若手議員に向かって、こう言い放ちました。

「自らの手で立法することにより、政治や政策の方向性を示すことこそ、政治家本来の姿だ。政策を作れんヤツは政治家を辞めた方がいい」

昨今の国会議員にとっては何とも耳の痛い指摘ではないでしょうか。