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鴻海(ホンハイ)会長が台湾総統選に出馬表明


2019年5月
玉置充子


2020年1月に迫った台湾の総統選挙で与野党ともに候補者選びが混迷するなか、4月17日に電子部品受託生産で世界最大手の「鴻海(ホンハイ)精密工業」の郭台銘会長が野党国民党から出馬すると表明しました。郭氏は一代で町工場を世界的な巨大企業に発展させ、その強引な手腕から「台湾のトランプ」とも呼ばれています。日本では、2016年に経営不振のシャープを買収したことが記憶に新しいでしょう。

郭氏は今回の出馬に際し、「媽祖のお告げがあった」と明言しました。媽祖とは台湾で最も厚く信仰される「道教(あるいは「民間宗教」)」の女神で、台湾には1000カ所近い媽祖廟があると言われます。郭氏の父親は外省人の警官で、渡台後に一家は台北の隣の新北市・板橋にある媽祖廟「慈恵宮」に間借りしていました。郭氏はそこで生まれて幼少期を過ごしており、今も折に触れて参拝を欠かさないそうです。台湾では政治家が媽祖廟等に詣でるのは珍しいことではありませんが、それでも、郭氏の発言は「媽祖を政治に利用している」といった反発も招いています。

郭氏の真意はともかく、媽祖の「政治的な利用」が問題視されたのは今回が初めてではありません。台湾と中国(特に南部)は共通する宗教文化を持ちます。媽祖も元来、台湾の対岸の福建省・湄洲を起源とする女神で、1980年代末に中台の往来が解禁されると同時に、媽祖信仰を通じた交流も復活しました。こうした中台間の宗教交流は、中国政府にとって対台湾政策に利用し得るもので、その後「媽祖外交」とも言うべき状況が現れました。1997年1月、湄洲の「祖廟」から媽祖像が初めて訪台した際には、100日以上かけて台湾全土の媽祖廟を巡回し、各地で熱狂的に迎えられる一方で、宗教が統一工作に利用されたとの批判が少なくなくありませんでした。

20年後の2017年9月、湄洲の媽祖は2回目の訪台を果たしました。この時、巨額を投じて媽祖を台湾に勧進した人物こそ、鴻海の郭会長です。当時、郭氏はすでに総統選出馬に意欲を示していたとも言われますが、皮肉なことに、慈恵宮における祭典を郭氏とともに「主祭」したのは、今回国民党の総統候補予備選を争う朱立倫・新北市長(当時)でした。

台湾で総統民選が始まって以来、企業家が総統候補に名乗りを上げたのは初めてのことです。中国政府に太いパイプを持つのみならず、米国への巨額投資を通じてトランプ大統領とも親交のある郭氏が果たして名実ともに「台湾のトランプ」となるのかは、まずは党内の予備選の結果を見なければいけませんが、今回の出馬表明が波乱含みの選挙情勢にさらなる波紋を起こしたことは間違いありません。