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父親を否定した金正恩


2019年11月
荒木和博


10月23日付の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」に掲載された金正恩朝鮮労働党委員長の金剛山観光地区現地指導の記事は驚くべきものでした。何しろ父親である金正日労働党総書記を否定する内容だったからです。

金剛山は日本時代から朝鮮の代表的観光地で、当時すでに水力資源開発を兼ねて観光客を麓まで運ぶ私鉄が走っていました。2000年(平成12年)6月、金大中・金正日の初の南北首脳会談に始まる南北和解の象徴で、韓国政府は創業者鄭周永が北朝鮮出身であった現代グループを使って北朝鮮との合意の下に大規模開発しました。その投資だけでも日本円で数百億円と言われています。表に出ていない韓国政府からの資金とか現代グループからの裏金とか、合わせれば天文学的な数字でしょう。

「労働新聞」の記事の内容は、例えば「(敬愛する最高領導者同志におかれてはは)建築物が民族性などというものは全く探すことができず、ごちゃまぜであると、建物をどこかの被災地域の仮設テントや隔離病棟のように配置していると、建築美学的にひどく落伍しているだけでなく、それすら管理ができておらずボロボロの極致だとお話になった」というように、要は南が作ったものはダメだから潰して作り直せということです。

さらに南の関与そのものも否定しています。「金剛山があたかも北と南の共有物であるかのように、北南関係の象徴、縮図のようになっており、北南関係が発展しなければ金剛山観光もできないことになっているが、これは完全に誤ったことであり誤った認識だ」とまで言われては金大中も草葉の陰で泣いているのでは。

腹心中の腹心チョ・グク法相辞任・その妻逮捕に経済の不振でますます風当たりが厳しい文在寅大統領からすれば、あとすがるところは南北関係の改善(たとえ表面的でも)しかないのですが、金正恩からこんなことを言われては茫然自失でしょう。その前にサッカーW杯の予選で文在寅政権が南北和解の象徴にしたかった平壌開催の南北の試合を観客なし、中継なしでやらせたのも明らかに当てつけで、おそらく金正恩は「お前『トランプなんか簡単に制裁解除させられる』って言ってたじゃないか。この嘘つき野郎」とかいう感じなんでしょう。

しかし、この記事でさらに驚くのは「国力が弱い時に人に依存しようとした先任者たちの依存政策が余りにも失敗だったと深刻に批判された」といった部分です。前述のようにこの地域の観光開発をやるのを決めたのは父金正日であり、複数形でぼかしてありますが、明らかに父親に対する否定だからです。

金正恩自身がさすがに父親の名前を出して批判するのをはばかって「先任者たち」」としたのか、あるいは実際に金正恩が直接父親を批判したのを周りがまずいと思ってごまかしたのかは分かりませんが、「国力が弱い時に」というのは1990年代後半からの、大量餓死者を出した「苦難の行軍」の時期を指すのでしょうから、金正恩が金正日を否定したことは誰にでも分かります。

金正日自身、実質的には父金日成を殺したようなものですが、それでも父親の権威があってこその自分だとは分かっていましたから、父親を否定することは最後までありませんでした。金正恩もこれまでそれは控えていたのだと思いますが、ついにそれをやってしまったわけで、自らの足下を崩すことになるのか、あるいは新しい足場を築くのか、いずれにしても目が離せません。