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見慣れた顔の再来


2024年8月
梅田 皓士
 日本では、8月14日に岸田文雄首相が自民党の総裁選に立候補しない意向を示したことで、事実上の次期総理大臣である次の自民党総裁に誰がなるかについて、関心が高まりつつあります。本コラムの執筆時点では、総裁選に向けて立候補を模索する人々が推薦人の確保に動いている状況であり、そろそろ具体的な候補者の顔ぶれが揃いそうです。
 また、米国でも、11月の大統領選挙に向けた動きが続いており、バイデン大統領が撤退し、ハリス副大統領が正式に民主党の候補者になって以降、それまで、「ほぼトラ」などと言われていた状況から変わりつつあるとの報道が出るなど、米国でも次のリーダーをめぐる争いが行われています。
 日本や米国で次のリーダーを選ぶ動きが進む中、お隣の国の韓国でも新リーダーが選出されました。しかしながら、この新リーダーは、国のリーダーではなく、政党のリーダーです。与党・国民の力は、7月23日の全党大会で韓東勲を新代表に選出しました。そして、最大野党・共に民主党は、8月18日の全党大会で李在明を新代表に選出しました。この結果は、事前の情勢調査でほぼ確定していましたが、韓国政治の報道に触れている人が、この二人の新代表の名前を見るとどこかで見覚えのある名前と感じるかと思います。ここでは、「新代表」としましたが、韓東勲は前非常対策委員長(党代表権限代行)で李在明は前党代表です。そのため、与野党ともに、新代表は前非常対策委員長、前代表との結果になりました。
韓国では、4月10日に4年に一度の総選挙があり、与党・国民の力が過半数を大きく下回る108議席しか獲得できませんでした。この結果を受けて、韓東勲は責任を取り、非常対策委員長を辞任しました。そして、改めて正式な党代表を選ぶための党大会を開催したところ、韓東勲が代表選挙に立候補し、当選しました。直前の選挙で敗北し、その責任を取って辞任した人物が直後の党代表選挙に立候補して当選するとの話はほとんど聞きませんが、韓東勲はこれを実行し、与党のリーダーに返り咲きました。また、共に民主党は総選挙で単独でも過半数を超える175議席を獲得しました。そして、総選挙で党を引っ張った李在明が総選挙後に党代表を辞任して、改めて党代表選挙に立候補し、新代表に選出されました。なお、李在明が代表を辞任したのは、共に民主党の党規で、党の選出職の選挙に立候補する際には、党の役職から外れていなければならないとの規定があるためです。これで、二大政党ともに、総選挙の時のリーダーが再び、党の顔に返り咲きました。
 総選挙で勝利した李在明はともかく、総選挙で敗北し、その責任を取り、辞任した韓東勲が再び代表選挙に立候補したことには、違和感もありますが、国民の力の党員が民主的な手続きで選んだ結果です。しかしながら、今回の韓東勲はこれまでと違う動きがありました。それが韓東勲の「尹錫悦離れ」です。韓東勲は前法務部長官ですが、それ以前は検事でした。この検事時代から韓東勲は、尹錫悦の側近とされていました。尹錫悦が注目され始めのが、朴槿恵が大統領を弾劾・罷免されるきっかけとなった「崔順実事件」の捜査でした。この捜査を担当する特別検事のチーム長が尹錫悦でその下に韓東勲がいました。そして、尹錫悦が検事総長になると、韓東勲は最高検察庁の反腐敗・強力部長に任命され、史上最年少の検事長となりました。その後も尹錫悦が大統領になると、法務部長官として、政権入りし、総選挙直前に与党代表が辞任すると、法務部長官を辞任し、与党の非常対策委員長に就任するなど、尹錫悦とともに行動してきました。
 それの韓東勲が「尹錫悦離れ」に動きました。これは、次期大統領選挙で候補者になり、当選するためには、支持率が低い尹錫悦と距離を取ることで、支持層を拡大しなければならないためです。その第一弾として、今回の代表選挙の過程で、韓東勲が尹錫悦と距離を取る動きを見せました。一例を挙げると、尹錫悦大統領が拒否権を行使している海兵隊上等兵死亡事件の捜査妨害疑惑について、捜査すべきと発言し、大統領室を刺激しました。それ以降、尹錫悦と距離を取る発言が多くなり、尹錫悦との確執が現実的になりました。そのためか、全党大会の前に韓東勲にマイナスになりそうな話が保守系メディアから報道されることもありました。例えば、総選挙での敗北の理由の一つとされている金建希大統領夫人をめぐる問題で、総選挙前に金建希が韓東勲に国民向けの謝罪をする意向のメッセージを5回送ったが、全て韓東勲が無視したとの報道がありました。この報道は当初、朝鮮日報が独自に報道したものですが、朝鮮日報は大統領室との距離が近く、この報道について、大統領室が韓東勲の支持を下げるためにリークしたとの見方も根強くあり、大統領室も韓東勲の行動に否定的な印象を持っていることが想定できます。
 総選挙での与党の敗北を受けて、レームダックを防ぐために、尹錫悦は与党を掌握する必要があります。その中で、「尹錫悦離れ」を進める韓東勲が新代表になったことで、いつ与党が反旗を翻すか分からない状況になりました。現在は、韓東勲も尹錫悦と正面衝突するようなことは避けていますが、韓東勲が次期大統領候補の座を狙う上では、尹錫悦との衝突は避けられないでしょう。その視点からも、韓東勲と尹錫悦の距離感は注目すべき点の一つと言えます。また、李在明も今回、敢えて再び、党代表になったのは、次期大統領選挙に向けて、共に民主党の掌握と世論へのアピールをする必要があることと、複数の裁判を抱えており、その裁判で仮に有罪判決が出た場合でも、党への影響力を行使できるようにしておくためと言えます。
 韓東勲、李在明ともに、2027年3月に予定されている大統領選挙の有力候補です。二人とも、超えなければならない問題を複数抱えていますが、次の大統領選挙でも、今回の総選挙と同じ顔が争うのか、韓国政治は動きが激しいため、現状では分かりませんが、当面は、見慣れた二人が韓国政治の中心に位置することに変わりはないようです。